パリに住んでいたとき、雨が似合う街だなと思っていた。
この前の旅で雨に降られた日もあった。
日本だとほんの小雨でも気になって傘をさしてしまうのに、パリだとまるで気にならなくなる。
本格的に降っていても傘をささずに雨に打たれて浮かれていた。傘がじゃまになるぐらいしっかり目に焼き付けておきたい景色ばかりだからだ。それぐらいこの街が好きで仕方ない。
子供の頃から『雨に唄えば』の歌が好きだった。
憂鬱にも感じる雨なのに、それも楽しくなるぐらいの気持ちが勝つ幸せに満ちた感覚。
パリは私にとってそんな街。
住んでいれば辛くてしんどいこともたくさんある。それでもいつも心を捉えて放さない存在。
パリの人はあまり傘をささない。
(写真のオペラ座界隈、デパート周辺は観光客の人も多いので傘をさしている率が高い☔)
乾燥している街だから少し濡れたぐらいでは気にならないし、すぐに止む雨のことも多い。
急な雨にみんなで雨宿りするのも楽しい。
どこかそんなパリジャンに憧れてもいるのかもしれないが、パリだと雨に濡れても本当に気にならなくなるから不思議だ。
ちなみに日本では雨にちょっとでも濡れるとなんだか憂鬱になってしまうタイプなのに。
傘と言えば、日傘はいつも常備している。
例えば外出時に携帯電話を忘れても誰かと約束などが無ければ取りに帰らないかもしれないが、日傘を忘れたら絶対に取りに帰る。
冬でも雨の日でもどんな日でも日傘を忘れたことはない。
中学生の頃から日光(紫外線)アレルギーになってしまったからだ。
マシになって太陽に少し当たれるようになった時期もあったけれど、少し前に油断していたら症状が出てしまったので出来るだけ気をつけている。
それはさておき、フランスの街中で日傘をさしている人はほぼ見ない。
フランス人は太陽が大好きだし、日焼けを気にするタイプでもない。
サングラスはよくかけているけれど、日傘はない。
夏ではない季節に街中で日傘をさせば目立ってしまうだろう。
でもフランスの日影は濃い。しっかり影になっているので、そこを歩けば大丈夫。
パリ郊外の広大な土地では影が少ないので日傘をさす。
今回の旅ではヴォー・ル・ヴィコント城の周りを散策するときにさして歩いていた。
後ろを歩いていたフランス人がひそひそ言っているのが聞こえてきた。
「彼女はなんで傘をさしてるんだろう?」
秋のしかもカンカン照りではない少し曇り空も時折見えるような日だった。たしかにおかしいと思われても仕方がない。
するとその人の隣を歩いていた女性がフランス語で説明をし始めた。
「日本では女性は紫外線を避けるのが一般的なのよ。日焼けしたくない人が多くて…blablabla」
日焼け対策をやりすぎることは理解に苦しむというニュアンスが少し含まれていたものの、日本文化として知られだしていて良かったなと思った。
横を歩いていた主人にその話をすると、
「へー!面白いなぁ!」
と言って興味深そうな顔をしていた。
私は主人に感謝している。
日傘をさすことも気にしないでいてくれるし、これからずっといつも隣で日傘をさすことになるかもしれない私と結婚してくれたからだ。
最近の日本はすっかり日焼け防止が定着して、日傘をさしている人も多いので大変生きやすくなった。
でもやっぱり冬の曇り空の日にさしていると視線が気になってしまうこともたまにある。
中学生の頃はまだまだ日傘が主流ではなかったし、登下校でさしている学生などもちろんいなかったので事情を知っている同学年以外の学年からは不思議そうに見られたり、ひそひそされることもあった。
みんなと違うということがいかに日本社会で浮くのかということをフランスから帰国した小学生の頃からひしひしと肌で感じていたので、それぐらいでは動じない心を持っているつもりだった。
学校からの帰り道、下級生の女の子たちに日傘のことをネタにしてクスクス笑われた日があった。私は傘をささないと健康に生きられなかったので特段気にしないようにしていたが、一緒に歩いていた親友たちには申し訳ないなと思っていた。親友たちも一緒に笑われた気がしたのは辛かった。申し訳なくて俯きぎみだった私を見て、親友があの時下級生たちに怒ってくれたことは忘れないだろう。
その下級生たちの変わったものを見かけて友達同士でいじりたいという人間らしさも理解できるし、若い内にしたことで後で後悔することがあるというのも知っている。だからその女の子たちには何も思わなかったけれど、親友の気持ちが嬉しかった。それにそれでも友達でいてくれることが本当に有難かった。
もちろん彼女たちは今でも1番の親友だ。
すっかりパリの話からは逸れてしまったが、今はどこでも生きやすくなっているし、自分も強くなっているし、大切な人がいてくれるのならば他のことはさほど大したことではないと思う。
憂鬱になりそうになる雨の日はパリの雨の日を思い出して、雨に打たれたいぐらい幸せな気持ちになれる日があることを思い出してみる。